【バイクヒストリア】航空機用エンジンメーカーから始まった「BMW」

バイクで遊ぶ
ドイツの有名バイクメーカーであるBMW。正式には「Bayerishe Motoren Werke(バイエルン・エンジン工業)」という名であるこのメーカーは、ライダーであれば誰もが知っていることでしょう。今回のバイクヒストリアでは、そんなBMWの持つ長い歴史に迫っていきます。

航空機作りから始まったバイクメーカー

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現在ではバイクや自動車のメーカーとして世界中から愛されているBMWですが、元々は「バイエルン航空機製造株式会社(BFW)」という社名でした。そう、当初はバイク・自動車ではなく、航空機を作るメーカーだったのです。

ちなみに、現在でも使用されているBMWの青と白のエンブレムは、元が航空機メーカーだったことから大空で回転するプロペラを意味していると思われがち。しかし、実際にはBMWが本社を置く、バイエルン州の州旗がモチーフとなっているようです。

BMWが本格的にバイク生産を開始したのは、1923年。いまだに名声の衰えないエンジニア、マックス・フリッツを中心に開発された「R32」が初めてのオリジナルモデルでした。R32が販売されるとその革新的なエンジン性能などから、BMWの評判は瞬く間に広がっていくことになります。

バイクメーカーとして成長を遂げるも戦争により……

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「R32」の成功で勢いづいたBMWは、その後も次々に新モデルを生産。当時ヨーロッパで行われていたモーターレースでも、違いを生み出していきます。1929年には、高名なレーサー、エルンスト・ヘンネと共に、当時の最高速度であった時速216kmを記録。世界を大きく驚かせました。

しかし、こうしたBMWの成長は、ある出来事をきっかけに急速に陰りを見せるようになります。それが第2次世界大戦です。高い性能を誇っていたBMWはナチスドイツからの評価も高く、多くのモデルが軍で使用されることに。しかし、結果的にこうした実績はドイツ敗戦後、致命的なダメージを負う原因となってしまいました。

軍需産業として連合国側から厳しい視線を向けられたBMWは、戦後工場解体や技術持ち出しなどといった処分を受け、企業存続の危機に陥ることになります。

戦後に復活を遂げたBMW

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第2次世界大戦後、ドイツは東西で分裂。BMWもまた、東ドイツにあった工場がEMWと名を改めるなど、社内で分裂を起こしてしまいます。また、連合国側からの生産規制により、バイクの生産は禁じられていました。

こうした厳しい状況の中、BMWは自転車や農機具を開発し国民に貢献。根強い人気を獲得していくことになります。徐々に規制が解かれ、バイクの生産が許可されるようになると、戦前に生産していた短期筒モデル「R23」を改良した「R24」を販売。再びバイクメーカーとしての道を歩み始めました。

1951年には新世代モデルとなる「R51/3」「R67」を発表。すべてにおいて当時としては最新の技術が搭載されているこのモデルの発表は、戦争からのBMW復活を意味していました。

危機を何度も乗り越えてきたBMW

BMWはその後も経営危機に陥り、バイク部門からの撤退が検討された時期もありました。しかしその度に危機を乗り越え、新たなモデルを生産し現在にまで至っています。これからも、BMWは新たなモデルを生み出し続けてくれることでしょう。